母の介護の帰り、いつもの喫茶店に寄る。
最近、母との会話が少し変わってきた。
腰を悪くして車に乗れなくなったとき、
正直、行動範囲はどんどん狭くなるのだと思っていた。
手押し車なしでは外出も不安で、近所の散歩さえ一苦労だったからだ。
けれど今、母はよく話してくれる。
「今日はあの店に行った」
「あそこの店員さんがね」
「道に迷ったけど、“お姉さん”に助けてもらったの」
楽しそうに、少し誇らしげに。
バスという選択
車を手放したことで、世界は縮むと思っていた。
でも母は、バスに乗り始めた。
最初は恐る恐るだったはずだ。
時刻表を確認し、停留所を覚え、
知らない人に混じって座る。
それでも、日に日に行動範囲は広がっているようだ。
僕が「危ないから無理するな」と思っている間に、
母は自分のやり方で世界を作り直していた。
守るだけではなかった
介護が始まった頃、
僕の中では母は“守る対象”だった。
転ばないように。
困らないように。
無理をしないように。
でも今は少し違う。
母はまだ、外の世界とちゃんと繋がっている。
人と話し、道に迷い、助けられ、また出かける。
老いは、縮小ではなかった。
形を変えた広がりだったのかもしれない。
カップの底に残ったコーヒーを飲みながら思う。
10年後、僕が年を重ねたとき、
同じように世界を広げられるだろうか。
整えるとは、守ることだけではない。
可能性を残しておくことなのだと思う。
今日もまた、母の話を聞きに行こう。
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