妹という、もうひとつの支え

10年ブレンド

母の介護をきっかけに、

妹との距離がまた縮まった。

妹は、僕より3つ下。

幼い頃は、いつも後ろをくっついて回る子だった。

あの頃の姿は、今でもはっきり覚えている。

池に飛び込んだ日

母が僕たちを連れて自動車学校に通っていた頃のこと。

待機室の近くに小さな池があった。

ほんの少し目を離した隙に、妹がそこへ飛び込んでしまった。

まだ泳ぎも知らない頃だ。

僕は考えるより先に池へ飛び込んだ。

結果、二人とも溺れ、大人に助けられた。

情けない話だけれど、

あの時からどこかで、

「守る側」の意識があったのかもしれない。

まるで違う性格

妹は、母や僕と違って人懐っこい。

よく笑い、よくモテた。

電話をすると、

新しい彼の話や、その家族の話を楽しそうに聞かせてくれた。

行動力もあった。

良い大学を優秀な成績で卒業し、

親の反対を押し切って単身都会へ。

バイトをしながら看護学校に通い、

看護師になるのかと思えば、

今度は美容学校にも同時に通い始めた。

卒業後は、芸能人御用達の美容室の店長に弟子入り。

その店長にも可愛がられていたらしい。

そして、その縁で結婚。

順風満帆に見えた。

深夜の電話

けれど、人生は分からない。

ある夜、

旦那の親から連絡が入った。

駆けつけた先は、病院だった。

DVで心を病んでしまった妹の姿は、

あまりに変わりすぎていて、言葉を失った。

あれだけ明るかった妹が、

別人のようにうつむいていた。

旦那側の家族は逃げるように去り、

僕は毎日、病院へ通った。

あの頃は、

「兄」であることしかできなかった。

それでも立ち上がる

退院後、美容師仲間のつてで新しい住居を見つけ、

離婚が成立し、娘の親権も得た。

引っ越しを手伝ったあとは、

互いに連絡を取ることも減っていった。

きっと、お互いに余裕がなかったのだと思う。

気づけば、娘も大きくなっていた。

女ひとりで、よくここまで育てたものだと感心する。

その隣には、新しい彼氏の姿もある。

母の介護にも協力してくれる人だ。

今度こそ、うまくいってほしいと願っている。

兄妹という距離

母の介護をきっかけに、

また妹と連絡を取り合うようになった。

子どもの頃の「守る側」「守られる側」という関係ではない。

今は、

支え合う側になった。

10年ブレンドは、

家族の関係もゆっくり熟成させていく。

母の老いも、

妹の再出発も、

そして僕自身の50代も。

人生は一度崩れても、

また組み直せる。

喫茶店でコーヒーを飲みながら思う。

あの池に飛び込んだ日から、

ずいぶん時間が経った。

今はもう、溺れない。

きっと、二人とも。

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