老いは、縮小ではなかった

10年ブレンド

母の介護の帰り、いつもの喫茶店に寄る。

最近、母との会話が少し変わってきた。

腰を悪くして車に乗れなくなったとき、

正直、行動範囲はどんどん狭くなるのだと思っていた。

手押し車なしでは外出も不安で、近所の散歩さえ一苦労だったからだ。

けれど今、母はよく話してくれる。

「今日はあの店に行った」

「あそこの店員さんがね」

「道に迷ったけど、“お姉さん”に助けてもらったの」

楽しそうに、少し誇らしげに。

バスという選択

車を手放したことで、世界は縮むと思っていた。

でも母は、バスに乗り始めた。

最初は恐る恐るだったはずだ。

時刻表を確認し、停留所を覚え、

知らない人に混じって座る。

それでも、日に日に行動範囲は広がっているようだ。

僕が「危ないから無理するな」と思っている間に、

母は自分のやり方で世界を作り直していた。

守るだけではなかった

介護が始まった頃、

僕の中では母は“守る対象”だった。

転ばないように。

困らないように。

無理をしないように。

でも今は少し違う。

母はまだ、外の世界とちゃんと繋がっている。

人と話し、道に迷い、助けられ、また出かける。

老いは、縮小ではなかった。

形を変えた広がりだったのかもしれない。

カップの底に残ったコーヒーを飲みながら思う。

10年後、僕が年を重ねたとき、

同じように世界を広げられるだろうか。

整えるとは、守ることだけではない。

可能性を残しておくことなのだと思う。

今日もまた、母の話を聞きに行こう。

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